「JNR」って何だったか覚えていますか
普段よく使う公共交通機関、JRが生まれたのが30年前の4月1日です。当時の国鉄(JNR/日本国有鉄道)を分割民営化して6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社ができました。当時私は学生でしたが、分割民営化の式典で、一つの大きな卵をモチーフにした容器を割ると、中から各社のシンボルカラーで「JR」と書かれた小さな卵が出てくるといったニュース映像が記憶に残っています。
あれから30年、民営化されて本当に変わりましたよね。国鉄の頃は、ある意味で駅としての機能しかない、電車に乗る場所というだけで、売店といえばキヨスクがあったぐらいでした。今のように禁煙・分煙もない時代、普通にホームに灰皿が置かれ、吸い殻が散乱していました。バリアフリーという考え方もまだなく、ホームエレベータやエスカレータもありませんでした。それが今では、JRの駅といえば街の玄関口・人の流れの中心にふさわしい場所になりつつあります。京都駅で言えば、駅ビルに伊勢丹が入り、劇場やホテルもあります。また、私鉄や地下鉄との連絡も便利になり、何より駅員や乗務員が「サービス業」であることを意識して働いています。
そして、今やJR3社(東日本・西日本・東海)の売り上げの3割~4割は本業である運送業以外、例えば駅構内のスペースを使った販売業や、テナント・不動産収入、クレジットカード事業等です。JR西日本では、養殖業にも乗り出しています。今後、人口が減る中で本業の運送業だけに頼らない、経営の多角化ということでしょうか。鉄道会社というのは、特にこの3社は営業範囲も広く、駅=支社・支店・営業所と考えれば、広い営業網を持ったマルチ企業とも言えます。その地域毎に特色あるビジネスを考えても面白いかもしれません。
なによりも、利用者目線からすれば、「より安全に、より便利に、より安く」が一番ですが。
※写真は長徳寺のオカメ桜(京都市左京区)
2017年03月31日 05:35